滑稽噺

落語 茶の湯のあらすじ 江戸時代の隠居年齢は?

落語 茶の湯

さる大店の主人が店を息子に任せて隠居することになる。そこで根岸に隠居用の屋敷を建て、身の回りの世話にと定吉という小僧をともなって移り住んだ。

さてこれから余生を楽しもうとしたのだが、若い頃から金を貯めること意外やったことがないので隠居生活が退屈で仕方がない。

退屈しのぎに何かやってみるかということで、見よう見まねで茶の湯をやってみることに。
茶の湯茶道具
定吉は茶菓子が食べられると喜んだが、二人とも茶道には暗く、何をしていいかわからない。

定吉:
「若旦那が茶会に出入りしていると聞きます。聞いてみたらどうでしょう?」

ご隠居:
「いや、息子に聞くなんて沽券にかかわる。とにかく町で必要なものを揃えてきなさい」

頼まれた定吉は茶の湯に使う青い粉ということで青黄粉(あおぎなこ)を買ってくる。

ご隠居:
「そうだこれだ これを耳かきで茶碗に入れて湯で溶いてかきまわす」

だがこれではちっとも泡立たない。泡立てるならと定吉は乾物屋で椋(ムクロジ)の実を買ってきた。

今度はブクブクと泡が立ったが、それもそのはず石鹸を溶いたのと同じこと。見た目だけはそれらしきものができたところで

ご隠居:
「定吉おまえが客なんだから おまえから飲みなさい」

定吉:
「私には作法がわかりませんので、ご主人様がお手本を見せてください」

では同時に飲むかとグイっとやるが、口の中がしびれて仕方がない。口がしびれたところに羊羹を放り込んで口直し「これは風流」と無理に納得するご隠居

こうして風流三昧の毎日だったが、定吉はたまったもんじゃない。なんとか矛先を自分から逸らそうと、お客さんを呼ぶことを提案する。

ご隠居が方々に招待状を送ると、三人の店子がやってきた。店子達は茶の湯などやったことがないので作法がわからなくて不安そうにしているが

ご隠居:
「細かい作法なんて気にしなくていいからグイっと飲みなさい」

三人はお茶の不味さにびっくりしたが、口直しに羊羹をほおばると何とかその場を切り抜けた。

すっかり茶の湯にはまってしまったご隠居は店子達に毎日のように招待状を出すようになる。

すると茶菓子の羊羹代が馬鹿にならなくなってきたので、定吉と相談してオリジナルの饅頭を作ってみることに

ところがこれが不味いこと不味いこと…
茶の湯饅頭
客が不味いお茶を飲んで口直しに饅頭を放り込むとこちらも酷い味

ある男は食べた振りをして饅頭を袂に隠すと厠へ行き、饅頭を屋敷の向こうへ放り投げる

すると投げた先の百姓の顔に饅頭がベチャ

百姓:
「ああ、またご隠居さんのところで茶の湯か…」

落語 茶の湯江戸時代の隠居について

落語 茶の湯について

日本一有名な御隠居と言えば水戸黄門(徳川光圀)でしょうか。彼が幕府に隠居を願い出て、それが認められたのが60代前半でした。

60代からの隠居なら現代から見ると平凡な年齢ですが、平均寿命が短かった江戸時代は今聞くとびっくりするような若い年齢での隠居も珍しくありません。

発明家、戯作者など様々な才能を発揮した平賀源内は26歳で家督を妹に譲り高松藩に脱藩願いを出して江戸に移り住んでいます。そこから数々の功績を残したのはご存知の通りです。

浮世絵師の歌川広重も26歳の時に浮世絵師を志し、隠居して歌川豊広の門をたたき、後世に残る作品を数多く描きました。その他人生の前半より後半の方で名前を上げた人物で伊藤若冲が40歳、松尾芭蕉が36歳

井原西鶴も日本永代蔵で45歳までに一生困らないだけの財産を築き、その後の人生を楽しむのが理想と説いています。
必ずしも隠居=引退して羽を伸ばそうという意識ではなく、好きなことで道を究めようという人も多かったといえるのではないでしょうか。

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