落語 品川心中
品川の遊郭白木屋で売れっ子だった遊女のお染だが、寄る年波には勝てず、最近では客がめっきり減ってしまう。
自分より若い遊女にどんどん客が付き、お茶を挽く日が増えていくことにため息の出ない日はない。
さらに頭を悩ませるのが紋日が近づいて、衣替えの衣装代を出してくれる旦那が見つからないこと。
巻紙も痩せる苦界の紋日前
川柳にあるように、お染はせっせと手紙を書くが、なかなか馴染みの旦那衆から返事がこない。
自分でお金を用意しようにも衣装代や他の者への祝儀も合わせて五十両というお金がかかる。
そんな大金は用意なんてできっこないし、いっそ死んでしまおうかとも考えたが、金につまって死んだとあれば笑いものになってしまう。
ならば誰か相手を見つけて心中でもすれば覚悟の上ということで、格好がつくんじゃないか?とさっそく心中相手を帳面をめくって選び始める
お染:
「大工の新さんは子供が二人もいるし、小間物屋の伝さんも若いから気の毒だわ…」
そこで白羽の矢が立ったのは神田から通ってくる貸し本屋の金造
お染:
「この人はボ~っとしてるし、ついでに生きてるような人だから死んでも誰も困らない。この人にしよう」
選ばれた方はいい迷惑だが、惚れた女から手紙がきたということで金造は神田から一目散に飛んできた。
金造はお染から事情を聞くとうまく丸め込まれて結局
金造:
「おまえが死んだら俺も生きてはいられねえ。二人で一緒に死のうじゃねえか」
と言わされてしまう。
金造の気が変わらないうちに、今晩にでもとお染は急かすが
金造:
「いや、明日にしよう。どうせ死ぬなら二人とも白無垢を着て死のうじゃないか。その方が浮名が立つだろう」
ボ~っとしてるくせに変な所に気が廻る。
いったん家に帰った金造は家も家財道具もすべて処分して、白無垢を買い長年世話になった親分の元へ挨拶に行った。
親分:
「しばらく旅に出る?いったいどこへ?」
金造:
「十万億度の西方浄土へ」
親分:
「いつ頃戻るんだ?」
金造:
「盆の十三日には戻ります」
親分:
「おまえ女郎に入れあげてるみたいだな?今は紋日前だ、心中でも吹っ掛けられても知らねえぞ」
金造:
「もう遅い…」
親分:
「ん?なんか言ったか?」
夕暮れ時、金造は約束どおり品川へ戻る
金造はどうせ今夜死ぬならと勘定のことなんて気にせずに、あれを持って来いこれを持って来いと、普段とは比べ物にならないほどの豪遊ぶり
散々飲み食いしてから二人は一緒に海へ飛び込もうとお染は金造の腕を引っ張り桟橋の方へ
お染:
「さあ一緒に飛び込むんだよ」
金造:
「ちょっと待ってくれ風邪でも引いたらどうするんだ」
見ていると自分から飛び込みそうもない金造
とうとうしびれを切らしたお染が金造の背中をド~ン
続いてお染が飛び込もうとしたところでハシと手をつかまれた
手をつかんだのは店の者で大場町の旦那がお染のために金を用意してくれたという
すっかり死ぬ気がなくなったお染
お染:
「ごめんね金さん 私が死んだらあの世で一緒になろうね」
突き落とされた金造だったが、品川の海は遠浅なので足を踏ん張ってみると水は腰までしかない。
お染に文句を言ってやりたいが、死ぬつもりで飲み食いした勘定を請求されても困るので、濡れネズミになりながらも親分のところへ
ところが親分の家では博打の真っ最中
いきなり金造がドンドン戸を叩くので中の者たちは
若い衆:
「手がへえった!」
役人が改めに来たと勘違いし、上へ下への大騒ぎ
戸を叩いたのは役人ではなく金造だとわかったが中では
欄間に引っかかっているもの
かまどに顔をつっこんでいるもの
ろくなものがいない中で整然と座っている者がいる
親分:
「さすがは織公ノ進(おりこうのしん)様はお武家様だ。こんな騒ぎでもビクともしねえ」
侍:
「いや、お褒めくださるな。拙者とうに腰が抜けてござる…」
※長いのでここまでで終わることが多い
金造が親分に事の次第を説明すると、それはひどいとお染に仕返ししてやろうと話が決まる
まずは日を改めて、お染のところへ顔を出す金造。わざと生気のない声で
金造:
「お染~水は冷たかったぞ~」
お染:
「金さん無事だったのかい許しておくれ」
金造:
「いいさ~おまえとはあの世で一緒になろうと誓った仲だ」
そこまで言うと金造はこれから世話になった者へのあいさつ回りがあるからとす~っと去っていく
そこへしばらくして親分がやって来て、金造の遺体が上り今晩 通夜だから馴染みだったお染にも来てほしいという
さっき金造には会ったばかりなのに、何がなんだかわからずに通夜に行くお染
お染がそこで見たものは金造の位牌
恐ろしくて膝から崩れ落ちるお染が親分にさっき金造が尋ねてきたことを話すと
親分:
「それは大変だ 金造はおまえを一緒にあの世に連れて行く気だ」
すっかり怯えたお染はどうしたらいいかわからない
親分:
「金造を成仏させるために尼になって菩提を弔え」
親分にそう言われてバッサリ髪を落としたところで隠れていた金造が現れて仕返しのタネ明かし
まんまと企みに引っかかったお染はふてぶてしく
お染:
「髪を切ったら明日から商売ができないよ」
金造:
「お前があんまり客を釣るから比丘尼(びくに)してやったんだ」
※魚を入れておくビクと尼僧の比丘尼をかけたオチ
落語 品川心中 遊郭にあった紋日について
落語 品川心中について。
紋日(物日)…三月や五月の節句の日などで、この日は遊女が衣替えのお披露目をする日となっており、その資金を出してくれる客を呼ぶのに必死でした。
しかも紋日は通常の日よりも料金が高く、衣装代や祝儀と合わせると大変な出費となり、客の中にはその日を避けたい人も多かったのではと推測できます。
※現代では季節ごとのイベントというと客のためのサービスデーですが、江戸時代はほとんど見世の売上のための日であったようです。
噺の中でも旦那に手紙を送っていますが、贔屓の旦那がいないとなると立つ瀬がないので、遊女はプライドを保つために必死だったでしょう。
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紺屋高尾に出てくる高尾太夫とは真逆の遊女 お染ですが
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浄瑠璃などの影響で一時、心中が流行する現象が起こりましたが、幕府は心中を美化することを許さず、相対死(あいたいし)と呼び死者の葬儀は出させない措置をとりました。
生き残った方は殺人犯として厳罰に処し、二人とも生き残った場合には「晒(さらし)」といって、二人を一緒に縛って道端で晒し者にし非人の身分に落とされました。
※殺人犯となった場合、過失致死以外は呼び方の違いや 引き回しなどの付加刑に違いがありますが、ほぼ死が待っていました。
心中するとこうなるぞという見せしめ的な意味合いが強かったものと思われます。